薬学博士号と2つの修士号を有する、Nadine Sprangersさん。
現在第一三共でオンコロジー領域のバリュー・アクセス・プライシングのヘッドを務めています。その業務は、第一三共のオンコロジーポートフォリオ全体におけるプライシング・保険償還・アクセス(PRA、Pricing, Reimbursement and Accessの略)や、医療経済・アウトカムリサーチ(HEOR、Health Economics and Outcomes Researchの略 )の戦略、リアルワールドエビデンス(RWE)に関するグローバルな戦略的フレームワークの策定などです。
こうしたNadineさんの仕事は、世界の教育現場で重要視されている「STEM」という領域に含まれます。STEMとは、Science(科学)/Technology(技術)/Engineering(工学)/Mathematics(数学)のこと。どれも高度な科学技術研究や開発のために必要とされる分野です。
Nadineさんは科学、なかでも専門的な分野で医薬品を広く届けていくことに関わり、着実にキャリアを積み重ねて現在のポジションに。
Nadineさんがその道に進んだ経緯や、苦労しつつも乗り越えたこと、同じ領域を志す女性への思いなどについて語ります。
幼い頃の夢から方向転換し、専門的な分野でのキャリアをスタート
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子ヤギを抱くNadineさん
子どもの頃、自分の薬局を開くことを夢見ていたことから薬剤師を目指していたNadineさん。
しかし実務研修中に、「薬局の経営は一生のキャリアとしてやりたいことではないかもしれない」と気づいたといいます。新たな道を考えていたとき、1年間、製薬業界における医薬品の研究開発・製造等について学ぶ機会を得ました。
「この分野の大きな魅力に気づいて方向転換したことで、科学分野のなかでも、当初考えていた以上に専門的な世界へと足を踏み入れることになりました。」
最初に入社した会社で、薬剤の製造・販売に必要な承認をもらう薬事部門に所属しました。当初は様々な苦労があったそうです。
「医薬品関連であっても学んできたこととは異なる分野で、ほとんど何も知らない状態だったので、かなり多くのことを学ばなければなりませんでした。また、担当薬剤師として医薬品の価格設定および保険償還の対応も担っていたため、原薬、製剤の化学・製造・品質管理に関する当局からの質問にも答える必要がありました。」
さらに言語の勉強も。ベルギーのオランダ語圏で育ったNadineさんにとっては「母国語ではないフランス語と英語も上達させなければならず、本当に大変でした。」
「それでも時間が経つにつれ、申請業務を行い、医薬品に関する広範な科学的知識を使って対応することが楽しく感じられるようになっていきました。」
その後はマーケットアクセスに注力。科学的知識を戦略の策定に活かす
その会社で9年間勤務した後、Nadineさんはマーケットアクセスに重点を置いてキャリアを築いていきます。これまで25年にわたり様々な職務を経験してきた中で、戦略と科学の組み合わせは常に知的な刺激に溢れていると感じています。「この仕事では、保険償還の獲得により、世界中の患者さんに対して新しい医薬品へのアクセスを実現できることがうれしいです。」
現在は、科学的知識を用いた戦略の策定に従事しています。
「業界の進歩を考慮した戦略の策定や医薬品の選択にフォーカスしています。チームでは人工知能(AI)や機械学習を含め、将来的に私たちの取り組みに大きな影響を与える可能性がある新技術の調査を行っています。」
多様な視点は、STEM領域の発展における大きな強みに
STEM領域で働く女性として、仕事に貢献できる視点や強みについても聞きました。「まず重要なのは、多様性のあるチームは、問題解決のために異なる視点をもたらすことが多いと認識することです。
そのなかでも女性は、チームの能力と実践的な解決方法に大きな重点を置いて問題解決に取り組むことが多いように思います。それを一般的な女性の特性として扱うことには注意が必要ですが、多くの女性が持つそのような特性は効果的なコラボレーションとイノベーションにつながると感じています。」
STEM領域に進む女性を増やし、よりインクルーシブな環境で働けるようにするには
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山が大好きだというNadineさんは、岩場にもチャレンジ
女性たちのSTEM領域における割合はここ数年で増加しつつありますが、さらに増加させるためには改善も必要だと語ります。
「製薬業界におけるジェンダーダイバーシティは改善されてきていますが、依然、その差は大きく、特に高位の役職における差は顕著です。女性の割合を高めるには、積極的な採用を戦略的に進めることが重要です。」
そのために企業や産業界は、積極的に方策を講じるべきだといいます。
「より多くの企業や産業界が学校や大学に働きかけ、STEM分野の魅力を発信して促進を図り、女性が十分に評価されていない分野を中心にキャリアアップの機会を提供するべきです。」
数学や工学を学ぶ女子学生が少ない原因について、工学を専攻している長男とよく話し合っているというNadineさん。STEM領域のジェンダーの差の改善には、学校・学生への働きかけが必要だとも考えています。
「工学分野について言えば、ジェンダーに関する偏見があります。実際には女性が男性よりも数学が苦手だとは思えませんが、この問題は高校の時点ですでに始まっているのです。最低でも12歳、あるいはもっと早い段階から、改善に向けた積極的な対策が必要です。よりインクルーシブな環境を構築するには、学生、特に女子学生にSTEM分野を奨励することも非常に重要です。」
STEM領域を目指す女性たちへ。自分の心に従い、挑戦していってほしい
そのような課題がある中、STEM領域でのキャリアを検討しながらもためらってしまう女性たちへのメッセージをいただきました。
「『自分の心に従って』と伝えたいです。情熱を注げられるものがあるならば、それを追い求めるべきです。キャリアの中で直面する状況に対し、オープンになって挑戦していってほしいと思います。学業が土台を築きますが、キャリアパスはさまざまな方向に向かい、新しい技術に順応したり、スキルを学んだりする機会が与えられ、成長することができるからです。」
最後に、STEM領域のご自身の専門分野における今後についても語ってもらいました。
「STEM領域のなかで、私が従事するオンコロジー分野は非常にダイナミックで絶えず変化しており、医療技術と医薬品は進歩し続けています。患者さんのアウトカムの改善に向けて予測モデルや新技術を調査することも私の仕事であり、とてもやりがいを感じています。STEM領域は製薬分野におけるイノベーション創出の大きな可能性を有しており、私の研究を含めSTEM領域の研究が大いに貢献できるだろうと考えています。」