お話を伺った開発統括部 開発企画グループ*の大平さん *取材当時
患者さんの医師への信頼が厚い日本では、治療法や薬の選択は医師の判断にある程度委ねるという傾向が認められ、医薬品開発の際に患者さんの意見やアイデアを取り込む活動であるPFDD(Patient-Focused Drug Development)が進まず、欧米に比べて大きく遅れをとっていました。
しかし、ここ数年の患者会の活動活発化やソーシャルメディア等の普及により、患者さん自らが直接さまざまな意見を発信する、あるいは多様な情報を直接入手することが可能になり、日本でも医療政策において、「患者・市民参画」と呼ばれるPPI(Patient and Public Involvement)、つまり「医療政策の全般において、その意思決定の場に患者さんや市民の関与を求める動き」が高まってきました。
そのような機運から、「患者さんも第一三共の開発メンバーの一員として、共に医薬品開発をしていく仕組みづくりができないか」と、2021年にPFDDのタスクフォース活動、2022年に業界に先駆け開発部内にPFDDの専門チームを設置しました。
PFDD推進のための仕組みづくりとフレームワーク
医薬品業界全体におけるPFDDへの関心度は年々高まってきており、特に若い世代の社員は会社選びの段階からPFDDに高い関心を持っているようです。しかし、業界内でなかなか活動が進まない要因として「開発部員だけでは対応できない」、「そもそもどうやったらいいかの分からない」といった障壁があるようです。それらの障壁を打開し、第一三共がPFDDを推進すべく、どのような仕組みを作ったのかについてご紹介します。
COMPASS(コンパス)活動で社員の意識を醸成
第一三共では「患者さん志向の創薬」実現を推進する取り組みの一つとして、2014年より「COMPASS(Compassion for Patients Strategy)」活動をスタートしていました。COMPASS活動では、患者さんと社員の対話セッションによる交流活動や医療現場への訪問を通して、製薬企業人としてのミッションを再認識する機会を設けています。こういった地道な活動の継続で、Patient Centric Mindset(患者さん中心の考え方)が醸成され、社員のPFDDへの取り組みに対する「意識の下地」がある程度出来上がっていたと思われます。
(COMPASSについては、こちらの記事を参照)
次に「開発部員だけでは対応できない」の具体的な要因である、「PFDD活動に必要な時間、人員、費用の確保」をどのように捻出するかという課題に関しては、設置したPFDD専門チームによって以下の対応をとっています。
臨機応変なスケジュール
一番重要なのは「医薬品開発を加速化し、一刻も早く患者さんに新しい薬を届けたい」という開発部門の強い想いに寄り添いながらPFDD活動を「始動」することです。よって、本活動が定着するまでは、PFDDで得られた情報の反映を直近の治験に限らず、次の治験や治験開始後の改訂時に採用する事を容認しています。こうすることで、治験開始スケジュールの遅延防止に努めています。
PFDD専門チームによる人員・予算の確保
開発部門の個々のメンバーが医薬品開発の実務に全力を注げるよう、PFDD活動に必要な人員や費用は、全てPFDD専門チームで確保しています。
PFDDのフレームワーク化
第一三共のPFDD活動は、下記のような明確なフレームワークを構築し、実施しています
① CRC(Clinical Research Coordinator)ボード の常設(下図参照)
治験実施施設で数多くの患者サポート業務を経験したCRC(治験コーディネーター)に、同意説明文書など、患者さんが手に取る治験関連資材や治験の計画内容をレビューして頂き、患者さんの立場に寄り添った意見(例:患者さんが理解できる平易で分かりやすい言葉・文章であるか否かの指摘)を述べて頂く委員会を常設しました。
② 患者会/患者ネットワークを持つ団体との協業(下図参照)
患者会ネットワークをもつ患者支援団体であるピーペック(PPeCC)*や、患者ネットワークをもつサービスプロバイダである3H**と連携し、様々な背景を持つ患者さんにも直にご意見を伺う方法を確立しました。これにより、患者さんとの接点もしっかりと確保し、患者さんが意見やアイデアを直接、開発担当者に対してインプットでき、医薬品開発の活動に参画できる環境を整えました。
*: https://ppecc.jp/ **: https://3h-ms.co.jp/
(右から)一般社団法人ピーペック 宿野部香緒里様、宿野部武志様、3Hメディソリューション株式会社 牧大輔様、公益財団法人がん研究会有明病院 山崎真澄様、当社PFDDチームメンバー
CRCボードの会議風景***
③ 治験に参加された患者さんへの治験情報の共有
治験参加者に感謝の意と共に、参加した治験の結果を確認できるサイトの案内が記載された手紙(Thank You Letter:サンキューレター)、そして治験の結果を専門知識が少ない方でも読み解くことが出来るように記した資料(Plain Language Summary:プレーンランゲージサマリー)の提供を試みています。
第一三共は、「日本でまだ確立されていないPFDDをなんとか日本にも普及させたい!」という想いから、本活動を推進していますが、実際に運用する中で、フレームワーク中の患者さんやCRC、患者支援団体、患者ネットワークのリーダーの方々から以下のような反響やご意見をいただいています。
これまで病気は、その患者さんにとってマイナスな部分でした。しかし、同じ病気を持つ患者仲間の治療のための医薬品開発に協力することが出来ること、そして同じ病気を持つ患者仲間が治験に参加した時の負担を最小限に軽減させることが出来ることを知り、患者さんから「初めて自分の病気をプラスに考えられるようになった」とのお声をいただきました。
普段から患者さんの立場に立って患者支援をしていく中で、治験を実施する上での様々な問題点を発見し、その解決策を日々考えられているCRCや患者支援団体、患者ネットワークのリーダーの方々からは、「このようなフレームワークをずっと待っていた」とのお喜びのご意見をいただきました。
また、CRCや患者支援団体、患者ネットワークのリーダーの方々から、第一三共のフレームワークを通じて「製薬業界全体でPFDDが当たり前になって欲しい」という大きな期待も寄せられています。第一三共はそういった期待に応え、構築したフレームワークや得られた事例などを積極的に外部に公開し、業界全体で共有することで各企業・団体が次々に取り組むきっかけになれるよう、計画しています。
私達のPFDD活動は、まだスタートを切ったばかりであり、継続的に実施するための仕掛けも必要です。第一三共では、社員向けPFDDトレーニングの実施や、レビュー結果などの実績を共有することで、その必要性の高さを伝えています。そして、次のステップとして、現在の日本国内のみの取り組みから、既に活動を実施している欧米をはじめ、アジア地域なども含めた第一三共グループ全体、グローバルへと広げていき、患者さんにより参画頂ける医薬品作りを推進します。