第一三共が武田薬品工業とともに作成した「非臨床段階からの創薬活動におけるPatient Engagementのためのガイドブック」。その内容に沿ってPatient Engagement(患者さんとの協働、以下PE)を実践する場として、複数の製薬企業が協働で企画する患者さんとの対話イベント「Healthcare Café」がスタート。第1回は、2022年9月に武田薬品工業のPE活動をリードするPCET(Patient Centricity Expansion Team)が、「聴覚障がい」をテーマに開催しました。
そして12月には第2回として、第一三共のPE活動をリードするCOMPASSが中心となって企画した「Healthcare Café meets がんノート. 患者さんと製薬会社で一緒に創る世界」が開催されました。
がん経験者の方からのリアリティ溢れるお話から、参加者は何を感じ、どのような気づきを得たのでしょうか。
Storyの最後に、当日の様子を撮影したダイジェスト動画も掲載しています。
前半の「がんノート」のセッション。オンラインでも約600名が参加
病気を持っている人が豊かに生活できることをイメージしていますか――。
この日のHealthcare Caféは、進行役のCOMPASS岡田史彦さんからのこんな問いかけから始まりました。参加者の間では「考えたことはあるけれども、イメージできていない」人たちが最も多いという状態の中で、前半のレクチャーでは3人のがん経験者の方から、闘病の経緯や患者としての経験を発信することへの思いなどを聞きました。
なお、今回のHealthcare Caféでは、グラフィックファシリテーション*という手法を使って、がん経験者さんの想いを響かせています。
前半のレクチャーで進行役を務めたNPO法人がんノートの岸田徹さんは、社会人2年目から2度にわたって胎児性がんを罹患。同世代のがん患者の経験談などの情報の少なさに困った経験から、がん患者さんへのインタビュー動画を配信しています。今回は、がんノートのインタビュー動画でも経験談を発信している2人のがん経験者の方から、さまざまなお話を引き出してくれました。
小さな子どもを抱えての闘病経験を語る三橋さん
自分としてやりたいこと、今しかできないことも楽しみたい
一人目は乳がん経験者の三橋美香さん。高校生と中学生の子どもを育てながら、治療を続けています。胸のしこりに気がついてから受診するまでの迷い、当時2歳の子どもを連れての受診時の苦労、抗がん剤治療中に当時まだ小学生だった子どもの登校に付き添えなかった時の申し訳なさを思い出しての涙――。三橋さんのお話からは、小さな子どもを抱えながらがん治療に臨む人たちへの必要な配慮や接し方などを考えさせられます。
子育て中のがん患者さんにとって、子どもへの病気の伝え方をめぐる葛藤も大きなテーマです。三橋さんは乳がんを罹患して数年後にお子さんに伝えたものの、お子さんは「知っていたよ」と話したそうです。当時を思い出しながら、三橋さんは「伝えてあげたほうが良かったのかなという思いもあって、後悔する部分でもある」と話していました。
そんな三橋さんは、先々の治療方針を明確に示してくれる主治医に信頼を寄せていると言います。病気のことから少し離れた話題でも気軽に話しかけてくれるので、普通に自然に感情を出せるのだそうです。信頼できる主治医に支えられながら、今はキックボクシングなど趣味も楽しんでいるそうです。岸田さんから、自分らしい生き方とは何かと聞かれると、「子どもも手を離れてきたので、自分としてやりたいことを楽しみたい。でも、子どもがいるからこそPTAの役員など、今しかできないことも毎日楽しんでいきたい」と話してくれました。
働き盛りで希少がん(小腸がん)の告知を受けた坂井さん
がんとともに、一日一日をしっかりと生きる
二人目は小腸がん経験者の坂井広志さん。大手新聞社の論説委員として、政局や社会保障改革をテーマに社説を書いています。地方支局のデスクとして勤務していた40代半ばに、極度の息切れが続いて受診するも原因は分からず。少ない人数で代えの利きづらい職場環境でもあるため、その後も仕事を続けていたところ、激しい腹痛で倒れて入院。治療の過程で小腸がんであることが分かったそうです。
希少がんのため情報量の少なさを実感した坂井さんは、記者として自らも情報発信できるよう、国立がんセンターでの治療を決意します。しかし、抗がん剤の投与は副作用のあまりのきつさに4カ月で断念。これ以上続けると足のしびれが酷くなって生活の質(QOL)を下げるからと、その抗がん剤の服用もやめたそうです。「持病の逆流性食道炎の薬もあったので、朝晩各10錠も飲まなければならず、そんな生活から解放されたかった。みんなで食事をしている時に薬を飲んでいて『大丈夫?』と思われるのも嫌でした」と、薬の副作用と服用の壁についても率直に話してくれました。
坂井さんのような働き盛り世代にとって、治療と仕事との両立も大きな課題です。坂井さんの場合、国立がんセンターでの治療希望を会社の上司に伝えたところ、東京本社の政治記者として現場に戻ることができました。「本当に良い上司に巡り会えた」と、坂井さんは今でも感謝しているそうです。
坂井さんは最後に「僕はがんとともに生きています。将来を長いスパンでは考えられず、一日一日をしっかりと生きていくしかない。がん患者にとって、がんを告知された日をセカンドバースデーと言うこともあるが、ここから少しでも長く生きたいということに尽きます」と、心境を語ってくれました。
グラフィックに、自身のコメントを書き込む参加者
薬を服用する人の生活を考えることの大切さ
3人のお話を聞き終えた後、その内容をまとめたグラフィックファシリテーションの模造紙の前に参加者の皆さんが集まり、印象に残った点を書き入れていきます
「薬は有効性・安全性の話に行きがちだが、服用する方の生活を考えることも同様に大切」
「セカンドバースデーという言葉を初めて知った」
「闘病期間中に精神的につらくても家族の前では弱音を吐かない、という皆さんのお話を聞いて、自分だったら同じように振る舞えるかと考えさせられた」
参加した皆さんにとって、「病気の人が自分らしく生きる世界」が少しずつ自分ごとになっていきます。
それぞれの立場になって、立場が違うからこその「気づき」を引き出します。
信念だけで薬を届け続けられるか? だからこそ、複数企業で語り合う
後半はここまでグラフィックファシリテーションをしてくれた、株式会社しごと総合研究所 代表・山田夏子さんのリードで、「病気の人が自分らしく生きる世界」をより深く体感することを目指した「立場になりきるワーク」を行いました。
がん患者、患者家族、患者の同僚・上司、製薬会社、医師・医療関係者、世の中――。会場内に区切られたそれぞれの役割の場所に立ち、それぞれの立場を味わっていきます。その後、自分にとってもっとも気づきが大きかった役割の場所に移動し、そこで出会った人たち同士で思いをシェアしました。
「製薬会社のスペースに入った。ここだけ、すぐに何ができるか分からなかった」
「坂井さんのお話をお聞きして、会社での居場所の必要性を実感して同僚・上司のスペースに入った。家族ではないけれども、患者さんにとっての世界の一つだから」
「私自身はがんサバイバー。患者さんと製薬会社の橋渡しがしたいと思えるようになった」
グループワークの様子。製薬企業にできることを、話し合います。
最後にもう一度、グループで車座になって「自分らしく生きる世界の実現に向けて、製薬会社として何ができるのか?」をテーマに話し合いました。
「患者さんの声を聞く機会が圧倒的に少ない。医師も忙しいので一人ひとりの患者さんの病状以外の話をゆっくり聴くことが難しい。患者さんの声を聴き、広めるのはわれわれにできること」
「希少疾患の創薬は必ず壁に直面する。でも、そこに薬が必要な人がいる。私自身、答えが出ていない」
「信念だけで薬を届け続けられるか? だからこそ、複数企業で語り合う。患者さんの声を入れ込んで創薬できる可能性が、このような場にこそあるような気がする」
参加者の皆さんからのコメントを受けて、がんノートの岸田さんは「ようやく患者さんの声を届けることができて、時代の変化を感じます。時代を作り変えるためには、まず一歩踏み出すことが大切です」と、Healthcare Caféの取り組みにエールを送ってくれました。
クロージングの挨拶をするCOMPASSメンバーの岡田さん
最後はCOMPASSメンバーの岡田さんからの「お二人の話をきいて、がんの経験者と製薬企業の社員を分けて考えるのではなく、普段の生活の中に“がん”というものがあることに気付いて考えるきっかけにして欲しい」というメッセージとともに、第2回Healthcare Caféは終了しました。
Healthcare Café終了後も、製薬会社のメンバーの間で、さまざまな感想、思いを語り合いました。
「自社の錠剤の大きさや服用方法、味などは考慮していたが、多剤を服用する患者さんの『1回10錠の服用が辛い』というコメントで、自社の薬剤のことだけを考えればよいのではないことに初めて気づいた」
「服用を中止した後も症状の改善が難しい副作用があることは知識としては持っていたが、その重大さがわかった」
参加者の皆さんにとって、一人の人間としてがん患者さんたちの思いを感じながら、自分に何ができるか、製薬会社で働く意味や意義とともに改めて考えられた一日となったことでしょう。
当日の様子を撮影したダイジェスト動画です。ぜひご覧ください。
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がんノートの皆さんと、しごと総研の山田さんと伊澤さん
製薬企業4社の参加者とスタッフも交えた集合写真。