患者さんの声を医薬品の研究開発に生かすことを目指して、2014年、第一三共の研究開発本部内の有志がCOMPASSを立ち上げた。COMPASS(Compassion for Patients Strategy)には、患者さんに求められる医薬品を創出するための羅針盤(コンパス)という意味が込められている。各部所から、希望者が自主的に参加しており、現在、十数名のメンバーが活動している。
「患者さんがどんなことに困っているのか、論文や学会発表からはわかりません。実際に患者さんに会って話を伺って、困っていることを解決するという視点を持つことが必要だと思います」と話すのは、岡田史彦さん。COMPASSの立ち上げメンバーとして、患者さんとの交流や社外連携、社内への情報発信などの活動を仲間と一緒に行ってきた。
COMPASSでは、患者さんに講演していただいたり、活動報告や社員の闘病記などを第一三共グループの日本国内全社員へ共有する「COMPASSニュース」を月に1回発行するなど、メンバーがアイデアを出し合って、活動の幅を広げている。「実際に患者さんのお話を伺うと、それまで知らなかったこと、理解できていなかったことがたくさんあり、予想以上のインパクトがありました」と話すのは、COMPASS設立初期からのメンバー、岡本清美さんだ。
あるがん患者さんからは、毎日薬を何十錠も飲まなければならず、副作用も大変で、薬を続けられなかったという話を聞いた。 「副作用対策の薬と一緒に飲むことも考えると、自社の製品だけのことを考えていたのでは不十分。実際に患者さんが薬を使う場面をリアルにイメージしたうえで、製剤設計する必要があるのだと気づかされました」と岡本さん。
「副作用による手足のしびれ、と言っても、個人差が大きく、我々が想像できるしびれではありません。患者さんから、治療するために生きているのではなく、豊かな人生を送るために生きているのだと言われ、病気を治すというよりも、その人の生き方に貢献するべきなのではと感じました」と岡田さん。病気になった途端、治療を最優先で考えるのが当たり前と思ってしまう。そんなバイアスに自分も囚われている、とハッとさせられた経験だったという。
「COMPASSの活動を全社員に知ってほしい」と、月1回のCOMPASSニュースを提案したのは、吉松遥さんだ。 「母が看護師で、幼いときから患者さんに対する思いを聞いて育ちました。6年制の薬学部で病院実習を経験し、大学院では薬の副作用を何とかしたいという思いで研究をしていました。入社してCOMPASSを知ったとき、すごく素敵な活動だと思い、迷わず参加を決めました」
COMPASSニュースや、ウェブ配信される多数のイベントを通じ、全社員に活動を発信することが可能となった。COMPASSと同様の活動が、研究開発本部内だけでなく、他の本部にも広がりはじめている。あらゆる場面で、患者さん視点を大切にする企業文化を育むための取り組みが行われている。
「最後の最後にはCOMPASSという存在は消えてなくなるものだと思っているんです。だれかが旗を振らなくても、患者さんの声を研究開発につなげることが当たり前になる。それが将来の理想の姿だと思います」
※所属等は掲載当時の情報
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