新議長としての1年間の取り組み、奥澤社長就任後の新執行体制に対する評価についてお聞かせください。
釡取締役(以下、釡)
取締役会議長として、経営の執行と監督を明確に分離した運営を行うとともに、例年実施する取締役会評価に基づき、運営面の改善を図ることで監督機能のさらなる強化を図っています。取締役会の役割として「持続的成長を目指した議論を充実させ、監督機能をしっかり果たしていく」ことを目指し、昨年度は長期戦略やグローバル化へ向けた取り組み等についての議論を深めました。また、改定した取締役会付議基準に基づき、審議事項・報告事項の最適化を図り、取締役会から執行側への権限委譲を進めるとともに、議題の選定や内容等についても事前にCEO、COOと綿密な打ち合わせを行っています。
グローバル化が本格化するフェーズに入ることから、今後、数年間に求められる社長のスキル・経験として、奥澤さんの数度に亘るグローバルでの業務経験や当社のカルチャー醸成の土台となるCore Values/Core Behaviorsを体現している点などを評価し、社長兼COOとして選定しました。急速な経営環境変化の中で、奥澤社長のもと、Global Headとして外国人を登用する執行体制、日本における強化要員の明確化等、グローバル経営の強 化に向け、組織変革を主導している手腕を高く評価しています。CEO/COO体制導入の狙いであった執行体制の強化が進んで いると考えています。
2023 年度の重点施策の一つ「取締役会の監督機能のさらなる強化に向けた長期戦略やグローバル化等の重点テーマについての議論の充実」に関する取り組みについてお聞かせください。
釡
長期戦略・事業戦略、事業投資、グローバル化、マテリアリティ、リスクマネジメント等について重点的に議論しました。具体的には、当社のADC事業を中心としたポートフォリオに関する議論の他、グローバル人事、One DS Cultureに関する内容を議論するとともに、2023 年度より開始したコーポレート機能のグローバル化や CxO体制、各Project の進捗状況等も適宜報告してもらっています。取締役会としては、適切な事業計画と進捗状況であるか、また、「攻めのガバナンス」として適切にリスクテイクしていくことも重要と考えているため、当社にとって必要な然るべきアクションがなされているか等もモニタリングし、執行側の背中を押せるよう必要な問いかけを行うこともあります。このように、社外取締役、また取締役会議長として、第三者的視点をもって議論に参画し、取締役会運営を行うように努めています。特に昨年度は、Merck &Co., Inc., Rahway, NJ, USA(米国メルク社)との戦略的提携の議論を通じて、長期戦略の議論も充実できたと考えています。
急速なグローバルビジネスの拡大に伴い、グローバル経営を加速化していく中で、当社が目指している「グローバルヘルスケアカンパニー」とはどのような姿なのか、執行側からの課題や進捗状況を聞きながら、議論を深めてまいります。
釡取締役のお話を受け、執行側での取り組み状況をお聞かせください。特に米国メルク社との戦略的提携について、議論のポイントをお聞かせください。
眞鍋CEO(以下、眞鍋)
米国メルク社との戦略的提携については、社内でもさまざまな意見がありました。当社のパーパス「世界中の人々の健康で豊かな生活に貢献する」、ミッション「革新的医薬品を継続的に創出し、多様な医療ニーズに応える医薬品を提供する」を体現して「、より早く、より多くの患者さんにイノベーティブな薬をお届けする」最善の手段が選択できたと考えています。DXd ADCフランチャイズ極大化のためのキャパシティ、リソース、ケイパビリティ増強の必要性が高まってきていること、開発競争が激化していることといった社内外の環境変化を踏まえて、執行側で十分に検討した結果、自社開発・事業化より戦略的提携を選択するほうがより大きな企業価値および製品価値を実現できると判断しました。スピード、スケールの点から、第一三共単独では成し遂げられない社会的インパクトの創出が期待できると考えています。また、戦略的提携の契約時一時金の受領等により、将来のさらなる成長に向けた研究開発費、設備投資の増額、株主還元のさらなる強化に充当することが可能となりました。
取締役会での審議では、執行側として、アストラゼネカ社との提携に加え新たな提携を行うことに対するリスク、自社単独での事業成長の可能性など、さまざまな観点から検討を重ねた内容について、社外取締役と多くの意見交換を行いました。監督の視点から検討内容へのさまざまなご助言もあり、当社の中長期的成長のための極めて重要な選択であることを理解いただき、後押しいただきました。
米国メルク社との戦略的提携について、取締役会として重要視した点、今後の課題等、議論の内容を踏まえてお聞かせください。
釡
今般の米国メルク社との戦略的提携は、当社の事業戦略において非常に大きなインパクトがあるものであり、取締役会としても何度も説明を受けて議論を重ねました。アストラゼネカ社と戦略的提携中に別の企業と戦略的提携をする上での懸念点、なぜ、米国メルク社を新たなパートナーにするのかという点も含めて確認しました。パーパス・ミッションの追求、当社の持続的な成長、企業価値の向上、競争力の強化などの観点からも、最も良い条件でベストパートナーを選択できたと考えており、取締役会としても「攻めのガバナンス」の観点から経営者の背中を押すことができたと思います。
また、がん領域の事業価値最大化を図ることが重要である一方、「守りのガバナンス」の観点からは、内部統制の強化や全社的リスク管理、適切なコンプライアンスの確保等、執行体制の取り組みを取締役会として適切に監督していく必要があると考えています。
ガバナンスには監督するだけでなく、経営者の背中を押すという意味が含まれています。取るべきリスクと回避するリスクを明確にして攻めのガバナンスのウエイトを高める必要があると考えており、取締役会議長としては、第一三共の持続的成長と中長期的な企業価値向上を果たすための議論ができるよう心掛けていきたいと考えています。
監督と執行のバランスの最適化を図るとともに、より実効性の高い監督機能の発揮に向け、運営面を強化
2023 年度の重点施策の一つ、「取締役会の意思決定機能および監督機能のさらなる強化に向けた運営面での改善」に関する取り組みについて、お聞かせください。
釡
当社にとって最適な監督と執行のバランスを検討し、審議事項・報告事項の最適化を図ることを目的として、2023年度より取締役会付議基準を改定しました。具体的には、取締役会から執行側への権限委譲を進め、審議・報告事項を整理し、重要な業務執行案件の議論の充実を図るとともに、業務執行における柔軟性・アジリティも強化されたと考えています。また、2023年度は指名委員会、報酬委員会における審議・報告事項の見直しも行いました。
取締役会以外の議論の場としては、社外役員説明会、取締役・監査役説明会および取締役・監査役意見交換会を昨年度は計9回開催しました。取締役会の意思決定機能、監督機能のさらなる強化に向けて、取締役会メンバーによる議論の充実につなげています。社外取締役・社外監査役のみで構成される社外役員会合も四半期に一度実施しており、そこでもまた活発な議論を行いました。
議題の選定や内容等についても事前に CEO、COOと綿密な打ち合わせを行い、時間配分等も工夫しています。取締役会は社外取締役を中心に、より活発な意見交換がなされていると感じています。私の感想というだけでなく、社外役員会合、取締役会評価の中でも、皆さんからその旨のご意見をいただきました。
取締役会の運営や経営意思決定における役割分担、また議論を深める取り組みについてお聞かせください。
眞鍋
取締役会議長とは、COOも含め、取締役会議題の選定や運営について毎月綿密な打合せを行っています。社外役員向けには、取締役会での内容について個別の事前説明に加え、経営会議
(EMC)にオブザーバーとして聴講いただくなど、取締役会での議論が深まるように運営しています。取締役会での審議・報告事案については、執行側がEMC等で徹底的に議論した上で取締役会へ付議・報告しています。取締役会はそれらを監督するとともに、専門的見地からアドバイスを提供し、リスクを見極めるといった役割を担っていると考えています。
取締役会以外の議論の場において、ADC事業戦略やR&Dの活動等、執行側の取り組みへの理解を深めてもらうための説明会を開催しました。全社外役員の方が当社パーパス、ビジョンに強く共感・支持いただいていることを実感するとともに、当社グループの持続的成長に向けて、ご自身のご経験を活かした数多くの意見をいただきました。特に米国メルク社との戦略的提携の議論では賛否を含め的確な指摘をいただきました。
指名委員会、報酬委員会の運営状況、指名委員会 報酬委員会合同会議におけるCEO 業績評価、COO 業績評価等についてお聞かせください。
釡
社長の諮問機関として設置されていた両委員会は、2020年より取締役会の諮問機関として改組されました。両委員会は社外取締役4名で構成されており、社外監査役1名がオブザーバーとして参加していましたが、2024年度より本間取締役が加わったことで、委員は社外取締役5名体制となりました。2021年度の第三者機関による取締役会の実効性評価では、当社取締役会、取締役会の諮問機関である指名委員会、報酬委員会は適切に機能していると評価されており、今年度も第三者評価を予定しています。
2023年度は、指名委員会は9回、報酬委員会は11回開催しました。3月、9月には通常の委員会に加えて、指名委員会、報酬委員会の合同会議を開催し議論を行っています。CEOおよびCOOの目標設定と評価について、3月には当年度の業績の最終評価と翌年度目標設定、9月には目標達成に向けた進捗状況の確認を行いました。9月の議論ではCEOおよびCOOの再任・解職について議論を行うとともに、3月の業績評価については報酬委員会の議論につなげています。また両委員会および合同会議の活動状況は3カ月毎に取締役会に報告されています。このように客観性・透明性を確保したプロセスによりガバナンスの強化が図られており、取締役会が求める役割を十分に果たしていると考えています。
取締役会構成の最適化に向けた社外取締役の増員とグローバル化・次世代育成への取り組み
2023 年度の重点施策の一つ「、取締役会構成の最適化に向けたさらなる検討」について、取り組み状況をお聞かせください。また、本間社外取締役を新たに選任した理由等についてお聞かせください。
釡
当社取締役会は、当社の経営の方向性を踏まえ、パーパス、ミッション、中長期的な経営の方向性や事業戦略に照らし、2030 年ビジョンの実現に向けて取締役会が発揮すべき機能を踏まえて特に重要と考える9つのスキルを特定しています。取締役について、これらのスキルが欠けることのないよう多様性・バランスを考慮し、意思決定機能・監督機能の強化を踏まえて、候補者の中から取締役会メンバーを選定しています。社外取締役を過半数とすることが求められていることを認識し、2023年度に社外取締役の増員を決定し、2024年度よりNTTデータグループの本間代表取締役社長(2024年6月退任)を迎えました。本間社外取締役は、情報通信分野における会社経営者としての経験から、企業経営全般およびIT・デジタルテクノロジー、企業のグローバル化に関する豊富な経験、幅広い知識を有されています。当社の持続的成長に向けた課題であるグローバル経営に向けた変革やDXによるイノベーションの加速化等において、豊富な経験や幅広い知見を活かしていただけると確信しています。
引き続き、取締役の人数、社内・社外の比率、さらにはジェンダー、国際性などの取締役の多様性についても課題と認識しており、最適なメンバー構成に向けて検討を進めています。
執行体制を含め、ジェンダー、国際性なども含む経営の多様性、最適なメンバー構成などについてお考えをお聞かせください。
眞鍋
がん領域の急速な事業拡大に伴うグローバル経営の加速化を背景に、取締役会においてはジェンダーや国際性等を含む取締役の多様性を確保することがこれまで以上に重要です。同業他社の役員、CxO経験者の登用についても外部より意見をいただくことがありますが、同業他社に限らず、良い方がいれば積極的に検討していきたいと考えています。
執行側においては、グローバル化の進展に伴い、人材、組織等を含む経営基盤の拡張・構築に取り組む必要性があり、Global Head への外国人の登用促進、グローバルマネジメント体制の強化、グローバルリーダーならびにグローバル人材の育成を図っています。
この4 月より、国内外の次世代グローバルリーダー候補となる人材を育成するプログラム「DS Academy」を開始し、期待通りの充実したスタートを切りました。第一三共グループが継続的、かつグローバルに価値を提供し続けるために、外部講師に加え、経営陣自らも登壇し、100年企業としての第一三共グループの歴史やイノベーション、DNAに対する理解を軸に、高度なマネジメントスキルに加え、長期・超長期的な視点で事業を見通す資質を強化することで次世代を育成していきたいと考えています。
持続的成長と、さらなる企業価値向上に向けて
眞鍋
がん領域のビジネス拡大に伴い、それぞれの機能をグローバルに強化していく中では、最重要資本である人的資本、人材の確保・育成等の強化が急務であり、また、パーパス・ビジョンの実現に向け、価値創造プロセスの根幹となるOne DS Culture の浸透を図っていきたいと考えています。2024年に第一三共グループ ピープルフィロソフィーを定め、多様な社員がそれぞれの能力を最大限発揮できるよう互いに協力し、信頼し合い、社員一人ひとりの意見が尊重されるインクルーシブな環境づくりに注力しています。このような人材への取り組みを通じて「人的資本」を最大化し、持続的な価値創造の原動力とすることで、さらなる企業価値向上を目指しています。
また、持続的な成長に向けては、価値創造の源泉である“サイエンス&テクノロジー”の強化も重要です。不確実な分野や、未踏の領域であっても、研究者の科学的な興味と、仮説をもって挑戦することを容認する組織文化、価値ある挑戦を繰り返し、多くの失敗からの学びを共有し次の挑戦に活かす、そのサイクルの積み重ねから、ユニークな知識や経験が蓄積されており、それらが継続的にイノベーションを生み出す源泉となっています。歴代の経営者が当社の研究開発力に信頼を寄せ続けていることがイノベーションの創出に結びついていると考えています。
当社グループは、第5期中期経営計画の戦略の柱の 一つとして、「ステークホルダーとの価値共創」を掲げており、「患者さんへの思いやりとイノベーションへの情熱」を企業活動の中核として、バリューチェーン全体でPatient Centricityの取り組みを推進しています。この取り組みを通じて、全ての事業活動において患者さんを想い、常に当社のパーパスである「世界中の人々の健康で豊かな生活に貢献する」に立ち返ることで、より一層当社の社会的意義を向上させていくことを目指します。
持続的な企業価値向上に向けた課題および課題に対する取締役会の役割とステークホルダーへのメッセージをお聞かせください。
釡
“サイエンス&テクノロジー”を支え、革新的な新薬を創出し続けるためには、積極的な投資の継続が必要です。一方で株主の皆さまへの還元とのバランスを取りながら、ビジネスの環境変化に対応できる機動的なアロケーション枠も確保し、2030年、その先を見据えた持続的成長と企業価値向上のための投資が行われることが必要であると考えています。
執行側への権限移譲による執行のスピードアップには、監督と執行のバランスの最適化とともに信頼関係の構築も重要です。今も十分な信頼関係が構築されていると考えていますが、第一三共のパーパスの追求、企業価値向上の議論を通じて信頼関係を一層高めていきたいと考えています。
第一三共グループが提供する価値を、社会的価値、環境価値と財務的価値を合わせたものだとして捉え、患者さん・医療関係者を含む全てのステークホルダーにとっての当社の企業価値とは何か、絶えざる議論が必要です。今年度も長期的な視点に立った質の高い議論に引き続き取り組み、当社の持続的成長と中長期的な企業価値向上を果たすことで、最終的にはステークホルダーの皆さまの期待と信頼に応えていく所存です。