第一三共らしいPatient Centricityの実現に向けて
患者さんの声に耳を傾け、
組織全体で患者さんとともに価値を生み出していく

第5期中期経営計画(第5期中計)の戦略の柱の一つである「ステークホルダーとの価値共創」のうち、企業活動の中核としてバリューチェーン全体で推進を強化しているPatient Centricityをテーマに、臨床医・パブリック・ヘルス(公衆衛生)専門家の社外取締役とPatient Centricity特命担当、およびオンコロジー・スペシャルティ領域にて取り組みを推進しているグローバル組織のトップマネジメントによる座談会を開催し、Patient Centricityに関する当社グループの考え方および方向性についての意見交換を行いました。

小松 康宏
社外取締役(独立役員)

上野 司津子
常務執行役員 日本事業ユニットメディカルアフェアーズ本部長/Patient Centricity特命担当

Gissoo DeCotiis
グローバルオンコロジーメディカルアフェアーズ
グローバルヘッド、アドボカシー&ストラテジックリレーション

Oliver Appelhans
EUスペシャルティビジネスユニット長

上野
今年度から当社グループのPatient Centricity特命担当に任命された上野です。Patient Centricityは、当社グループの企業活動の中核であり、極めて重要な価値観です。患者さんへのさらなる貢献に向け、グループ全体でPatient Centricityに関する認識を共有し、グローバルかつ組織横断的な取り組みをより一層強化する必要があります。

本座談会では、当社のPatient Centricityに基づいた活動を共有いただくとともに、医療現場における患者さんの課題に照らし合わせ、当社グループが目指すPatient Centricityについての意見交換を行いたいと思います。そして、本誌面を通じて私たちのPatient Centricity の考え方を読者の皆さまにお伝えできればと考えています。

Patient Centricityに関する
ご自身の経験・知見と現職の紹介

上野
まず小松先生には、医師として、これまで長く日米中心に医療現場でのPatient Centricityの取り組みに尽力されてきた経験や知見を踏まえ、医療現場におけるPatient Centricityの現状についてご意見をお聞かせください。

小松
Patient Centricity について考える上では、患者さんへの直接的なケアはもちろんのこと、病院の管理・運営、研究や政策的な取り組みが重要と言われており、その中でも、医療現場におけるPatient Centricityの本質は、患者さんと医療関係者が共通の目標、価値観を共有することです※1

医療現場においても、患者さんの価値観や視点に立つ医療が重視されるようになってきました。しかし、私たち専門医が、患者さんにとって何が重要かを理解して説明し、医療を提供しているつもりでも、患者さん自身は「質問したいことを口に出せなかった」というケースは依然として存在し、課題として残っています。患者さんが自由にコミュニケーションを取れるような信頼関係を構築し、真のニーズを理解する必要があります。

40年前は、医師が治療法を決定し、患者さんの同意を得るというパターナリスティック※2な医療が中心でした。しかし現在は、医療関係者と患者さんが、医学的視点と患者さんの価値観を合わせて、協働して最良の決定を下すというShared decision-makingが重視されています。個々の患者さんにとって何が最も重要で最適かを議論し、双方とも納得できる結論に導くことがPatient Centricityの本質であると考えます。

  • ※1https://doi.org/10.1377/hlthaff.2012.1133
  • ※2パターナリズム(paternalism):強い立場にある者が弱い立場にある者の利益のために、本人の意思にかかわらず介入・干渉・支援するもの

上野
続いて当社におけるPatient Centricityの推進について、Gissooさん、Oliverさんにお伺いします。ご自身の経験・知見を踏まえ、どのように役割を果たしているのか、教えてください。

Gissoo
グローバルオンコロジーメディカルアフェアーズのPatient Advocacy※3のヘッドとして、社内外のステークホルダーに対して、日々の業務を進める際に、常に患者さんのニーズを最優先に考えてもらえるよう働きかけています。特にオンコロジーの分野は、患者さんの希望を尋ね、アンメットメディカルニーズをどのように満たすのかを考えることが必要です。

例えば、研究から市販後までのあらゆる段階における開発プロセスに患者さんの声や視点を取り入れることが重要だと考えています。私が本当に目指しているのはこのような「インクルージョン」であり、患者さんの貴重な経験を共有することによって、私たちのプロセスをよりPatient Centricなものにすることです。

Oliver
私は20年前に営業担当として製薬業界でのキャリアをスタートしました。その時に患者さんへの啓発・教育を行う役割を経験し、患者さんの要望やアンメットメディカルニーズを知ることができました。そして、患者さんへの思いが私の意思決定の基盤であることを実感しました。

これは、まさに当社グループが目指しているPatient Centricityともつながっていて、この経験は、抗凝固薬の欧州上市の際に、心室性不整脈の分野で世界をリードする患者団体Arrhythmia Allianceと連携し、さまざまな啓発や患者中心のイニシアチブを推進したことに活かされました。また、ドイツのGeneral Manager在任時には、German Stroke FoundationやGerman Hypertension Leagueなどの患者団体と良好な関係を築きました。患者さんの視点から、心血管疾患の現状と課題について多様なステークホルダーと議論し、生活の質(QOL)を改善するための支援を行いました。

  • ※3Patient Advocacy(ペイシェントアドボカシー):患者さんの立場に立って、政策や 制度面から問題解決に取り組む活動

グローバルでのPatient Centricityの取り組み事例の紹介

上野
オンコロジーとスペシャルティ領域でのPatient Centricityの取り組みについて具体的に教えてください。

Gissoo
私がリードするオンコロジーのGlobal Patient Advocacyチームは、主にがん患者さん、介護者、その他ステークホルダーの方々に焦点を当て、医薬品やサービスに付加価値を与え、がん患者さんがより良く、より長い人生を送るための活動に力を入れています。具体的には、多くの患者さんと積極的に関わり、彼らの日常生活や治療上の課題、医薬品へのアクセス、精神的な健康支援、そして総合的なニーズについてより深く理解することに取り組んでいます。また、年間を通じて900以上の世界中の患者アドボカシー団体と緊密に連携しています。その中で、最適な団体と長期的な関係性を構築し、患者さんの意識向上を目的とする啓発・教育などのプログラムを共同開発しています。

活動のプロセスにおいて、患者さんの声を反映するPatient Steering Committeeを構築しています。その中で患者さんと当社の共通課題を特定し、Advocacy Engagement Strategyに紐づいて課題解決につながる活動を展開しています。(図1参照)

Advocacy Engagement Strategyの目的の一つは、私たちが焦点を当てている疾患領域における患者さんのアンメットメディカルニーズを特定することです。例えば、多くのがん患者さんは、臨床試験の存在を認知していないことや、バイオマーカー検査への理解が不足しているなどの課題に直面しています。その改善のため、関係団体と連携して検査の重要性を普及させ、患者さんのアクセスや検査率等を向上させるための取り組みを行っています。

また、患者さんが選択する治療法や臨床試験について、その理由を直接質問するサーベイの実施や、米国と欧州の両方でADCを使用した患者さんの経験に重点を置いたアドバイザリー委員会の設置など、貴重な知見を聴取しています。加えて、がんに対する社会的なスティグマを軽減させるために、キャンペーンや公衆教育への支援等を通じた意識向上を図っています。

患者さんのQOLを大事にし、「がんとともに生きる」ことを目標に、患者さんとその家族がより良い、より長い人生を送るために必要なサポートを提供することに日々取り組んでいます。

図1 Advocacy Engagement Strategy

課題 ギャップ解消に向けた取り組み 達成指標
  •  標的治療薬におけるアンメットメディカルニーズの特定
  • バイオマーカー検査への患者さんの認識不足と適切な治療決定に及ぼす影響の把握
  • 臨床試験、QOL、副作用管理、忍容性等を含む患者さんの実際の経験の理解
  • がんに関わるスティグマ※4の克服
  • 疾患の負担、作用機序、実際の経験、ADCに焦点を当てたPatientアドバイザリー委員会(米国およびEU)
  • 患者団体、医療学会、関係団体への支援による患者さんのリテラシー、アクセス、検査率の向上
  • パートナーシップを通じた介護者向け情報の整理
  • 治療選択肢やレジメン※5遵守に対する理解を深めるための、がん患者さんのアドバイザリーボードや調査への参加促進
  • 肺がん患者さんへのスティグマを減らすための公共教育キャンペーンやPSA支援
  • Shared decision-makingを促進する医師と患者さんの対話ツールの開発
  • バイオマーカー検査への患者さんアクセス向上
  • 副作用管理の支援によるQOLやPROの改善
  • 治療への患者さん紹介の増加
  • ※4 疾患など個人の持つ特徴に対して、周囲から否定的な意味づけをされ、不当な扱いことをうけること
  • ※5 薬物療法を行う上で、薬剤の用量や用法、治療期間を明記した治療計画

Oliver
私は心血管疾患にフォーカスしたPatient Centricityについてお話しします。

心血管疾患は世界の主要な死因であり、欧州では1日1万人以上の方が死亡しています。また、2040年までに欧州の65歳以上の人口は1 億5,500万人に達すると見込まれており、心血管疾患の発生率の増加が予測されています。このような状況を踏まえ、EUスペシャルティビジネスユニットでは以下の3つの具体的施策を実施しています。

まず、1つ目として、2023年に患者団体との連携を推進するためのPatient Engagement Functionを立ち上げました。オンコロジービジネスユニットのPatient Advocacyチームと密に連携し、当社グループ全体として一貫したアプローチを行っており、また、医療関係者が心血管疾患を抱える患者さんのLife Journey全体を長期視点で捉え、包括的に管理できるようサポートしています。

2つ目は患者団体との関係性の強化です。欧州10ヵ国の患者団体にアンケートを行い、当社が欧州全体に広く認知され、さらなる協力に対する期待があることを確認できました。このような結果を踏まえ、欧州で影響力のある4つの患者団体※6と協力関係を築いています。

3つ目は患者さんへの教育・啓発による意識の向上です。まず、2つの患者さん向けウェブサイト※8を通じて、心房細動と脂質異常症に関する疾病啓発キャンペーンを展開しており、また、全ての活動のハブとなるウェブサイト「We Care for Every Heartbeat※8」を通じて心血管疾患に関する情報を提供しています。

また、EUスペシャルティビジネスユニットとオンコロジービジネスユニットの共同で「O-Mamori Award」を開催し、患者さんのQOL向上や予防・教育をサポートするための革新的なプロジェクトを実施する組織を支援しています。昨年度に引き続き、今年度の世界心臓デーでは、3つの患者団体の後援のもと、疾患啓発を目的とする「Dyslipidemia Flash Mob※9」の開催を予定しています。

上野
Patient Advocacyでの900以上の患者団体との連携、欧州の心血管疾患における包括的な活動に感銘を受けました。小松先生、当社グループのグローバルな取り組みについて、どのようにお感じになられたでしょうか。

小松
多くの患者団体と関係を構築し、Patient Centricityを取り入れる幅広い活動に非常に感銘を受けています。特に、患者さんに適切な情報を提供し、実際のご懸念やニーズを知ることができるという点から、患者団体との信頼関係に基づいたPatient Advocacy活動を推進することは重要だと思います。また、がんのスティグマついて、多様なメディアを活用した教育活動を通して、その改善につなげていくことを期待しています。

  • ※6 Global Heart Hub, FH Europe, European Patients' Forum, European Patients' Academy on Therapeutic Innovation
  • ※7 https://www.healthy-heart.org/とhttps://www.afibmatters.org/
  • ※8 www.wecareforeveryheartbeat.com
  • ※9 第一三共イタリアにて、疾患啓発キャンペーンの一環で実施するフラッシュモブ

医療の「現場」における課題認識

上野
小松先生にお聞きしたいのですが、臨床・パブリックヘルスの専門家のお立場から医療現場において、Patient Centricityを実現するための課題について教えてください。

小松
Patient Centricityは重要な概念ですが、現在多くの課題と障壁があります。例えば臨床の現場では、医療関係者と患者さんの間に大きな認識のギャップが存在しており、医療関係者が患者さんの大事にしていることを把握するよう努めても、患者さんがご自身のニーズに気づいていないことがあります。そのため、私たちは患者さんやそのご家族との関係を強化し、患者さんが自由に思いを発信できる機会を作ることで、患者さん個人の価値観やニーズを見つけ出す必要があります。

患者さんのニーズを正確に把握するためには、多様なチャネルを活用する必要があります。私が取り組んでいることの一つに、患者さんの意思決定支援・対話ツールの開発があります。ツールは約6ページのノートで構成され、患者さんが自分の生活背景、体調の変化、疑問点などを書き込み、診察時に医師と共有することで、コミュニケーションが円滑、かつ確実になるものです。自分の懸念を口に出して話すことに抵抗がある患者さんでも、ノートを通じて情報共有が可能です。このような資料・ツールは、個々の医療機関で開発することは困難なので、製薬会社と患者アドボカシー団体が協力して開発する活動も有用だと思います。

Patient Centricity推進における課題と今後の期待

上野
Oliverさん、Gissooさん、それぞれの組織内でPatient Centricityを推進する際の課題と、当社グループが患者さんとのさらなる価値共創を推進するにあたっての期待についてご意見をお聞かせください。

Oliver
欧州では各国で異なる厳しい規制環境があります。そのため、有意義な方法で患者さんとのコミュニケーションを行い、価値を提供していくには多くの努力が必要です。現在は患者さんもご自身の症状や疾患、副作用について多くの情報を持っていて、ニーズと要望も多様化しています。特に近年は予防の重要性は著しく高まり、患者団体も疾患の認知と教育にますます力を入れるようになりました。

このような社会の変化の中で、私たち製薬業界は、医薬品を通じた貢献のみならず、疾患啓発情報の充実などにより患者さんのエンパワーメントを高めることで、医師と患者さんのコミュニケーションの支援を行い、医療の改善に貢献する責任があります。私たちが行っていることは、グローバルな市場戦略において、医療関係者やPayer(保険者)、その他のステークホルダーが患者さんにとって最善の選択をしていただくために、より深い患者さん視点での情報提供を実施し、彼らの活動をサポートすることです。これらの活動に、患者団体の協力は必要不可欠です。引き続き、責任を持って患者団体と連携し、長期的な信頼関係を築くことが成功の鍵だと考えます。

Gissoo
私もOliverさんの意見に同意します。組織全体で大きな変化が起きている中、組織横断的な活動を行うことは素晴らしいことだと思います。

Patient Centricityは私たち全員の課題です。一人ひとりが携わっている日々の仕事を通じて、どのように患者さんの視点を考慮した行動をとるかを考えることは非常に重要です。組織によっては、直接患者さんと接することが難しい場合もありますが、私たちの業務は全て医薬品の提供につながっており、患者さんの役に立つことができます。

最も重要なことは、患者さんの声を「聴くこと」です。全ての患者さんとそのご家族がより良い生活を実現するために何ができるのかを考え、患者さんの声を聴き、組織を超えて連携し、患者さんの希望を実現させることが、私たちが目指すPatient Centricityではないかと思います。

小松
公衆衛生で重視される考え方にSocio- Ecological Frameworkがあります。個人レベル、対人レベル、地域、コミュニティレベル、社会・政策レベルなどさまざまなレベルの相互関係が、人の健康や行動に影響を与えているというものです。企業は多くの規制により、個人や社会、政策レベルとの接触が困難ですが、医療関係者とともに患者さんを支援することでSocio-Ecological Framework に貢献できると思います。また、より良い臨床試験を推進するために期待されることは、患者さんの参画です。

積極的な臨床試験への参画を促すためには、患者さんが、自身を「単なる研究対象」ではなく、自身の参画が他の患者さんに役立つ「医薬品の創造者」である、と考えることが重要なのではないかと思います。その過程の中で、医師や製薬会社は、患者さんの臨床試験の経験やPatient Journeyを目の当たりにすることができます。そこで得られた知見を反映していくことで、臨床試験のさらなる改善・成功を果たすことができると思います。

また、個々の患者さんだけでなく、社会全体への啓発活動も大事です。これは病院の医療関係者だけではできないことであり、製薬企業がより大きな影響力を発揮すべきところだと考えています。

上野
今日の座談会を通じて、それぞれの専門領域から多くの示唆を得ました。まず、Patient Centricityのマインドセットを第一三共グループの全ての国、地域、組織において、より一層浸透させる必要があるということです。私たち製薬会社が行っている全てのことは、患者さんの生活を改善することにつながっています。患者さんの意見を注意深く聴き取り、その声を私たちの業務や意思決定に組み込むことで、効果的なソリューションを提供していく必要があります。

患者さんとの価値を共創していくためには、患者団体を含む多くのステークホルダーとの協力は欠かせません。今後もさまざまな組織とのコミュニケーションを強化し、Patient Centricityを軸に、より良い社会を実現していきます。

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