代表取締役 社長兼COO 奥澤 宏幸
第一三共グループの企業風土と強み、取り組みについてお聞かせください
奥澤
私たちは人材を経営の最重要資本と位置づけ、世界中の人々の健康で豊かな生活に貢献する」というパーパスの実現に向けて継続的にその拡充を図っています。
当社グループは、がん領域事業の急速な拡大により、これまで経験したことのないスピードとスケールでグローバル化が進展しています。この急速な事業成長を支えていくためには、社員一人ひとりの成長とエンゲージメントの向上が必要不可欠と考えています。
第一三共グループというイノベーティブな製薬企業の根幹には「患者さんのために」という思いと「サイエンスベースでの意思決定」が存在します。この二つのマインドを全ての社員が日々の活動や意思決定の基軸であることを確信しているため、どんなに難しい課題も一致団結して取り組めることが私たちの強みだと考えています。
松本
当社グループががん領域事業へとシフトしていく時に、当時のCultureが成長戦略をサポートできるのか、という課題がありました。グローバルにOne Teamとして、スピード感を持ってアクションを起こす組織となるためには、何が不足し何を強化すべきかを分析し、その結果をもとにCore Behaviors(行動様式)を策定しました。そして、これをパーパス、ミッション、ビジョン、Core Values(価値観)に加えOne DS Cultureとして改めて言語化しました。
企業文化の浸透には経営陣が一枚岩になることが重要ですから、まず、経営会議(EMC)メンバー、そしてその部下を含めた 200人が数度に亘り一堂に集い、One DS Cultureの重要性について理解を深めていきました。さらに2022年には各組織でOne DS Culture醸成を推進するカルチャーアンバサダーを任命しました。この取り組みを進める世界中のアンバサダーが良いムーブメントを作り上げ、One DS Cultureが浸透してきたと感じています。
社外取締役(独立役員)報酬委員会委員長 野原 佐和子
「One DS Culture」の取り組み、人材・組織風土面での強みをどう評価されていますか。
野原
日本企業のグローバル化は海外の人材戦略や人事制度を輸入して形成していくことが多いですが、当社グループは海外の職場文化に迎合しすぎることなく、それぞれのカルチャーの良い点・違う点を互いに認識し合い、相互の融和を図り、One DS Cultureを醸成してきました。<この方法はこれまで見てきた方法とは違う当社らしいアプローチだと思います。
そのためか、海外ユニットの重要ポジションには、長年当社で働いている外国の方が多く、当社の文化や風土に共感する優秀な人材が多数います。また、国内外各ユニットのコアメンバー約160人が参加した、今年4 月の2024年度グループ全体会議では、全部門が2030年ビジョンに向けて有機的に連携し、収益最大化と患者さんへの貢献を果たすべく、各自の役割を果たしているという印象を受けました。
当社グループは、やりがいがあり、同じ目標を共有できる、夢がある職場になっていると思います。
西井
ダイバーシティだけでなく、ビジョンに向かってインクルージョンが進められていることも、間違いなく当社の強みであると思います。
現在、がん領域で世界水準企業になることを目指していますが、循環器領域からがん領域への道筋が見つかるまでには相当な苦労があったはずです。具体的に言うと、日本の企業であるため、どうしても一つの会社で長く働くというCultureは存在します。一方で欧米中心にビジネス展開するために起用された人材とは価値観が合わない。そのような中、One DS Cultureを作り上げていく上では、多くの葛藤があったと思いますが、それを乗り越えてきた強さを感じます。
パーパスとビジョンの達成に向かう中では、経営環境が激しく変化することもあり、戦略をフレキシブルに適合させることが求められます。また、業績が芳しくない時は組織に動揺が走り、インクルージョンが崩れていくというリスクをどの企業も持っています。当社は苦労して乗り越えた経験を武器に、パーパスとビジョンに向かって、第一三共の強みを発揮している時期であるとこの一年間を通して強く感じています。
取締役常務執行役員 ヘッド オブ グローバルHR、CHRO 松本 高史
2030年ビジョンの実現を目指す当社グループの人材の位置づけ・重要性について教えてください。
奥澤
東証の「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ問題」がありますが、当社のPBRは現在6倍(2024年7月末時点)という非常に高い数値になっています。バランスシート上の純資産をはるかに超える簿外の企業価値(無形資産、製品・パイプライン)があり、それらを創っているのは間違いなく私たちの社員です。だからこそ、私たちは人材を最重要の見えざる資産の担い手と位置づけています。
2030年ビジョン「サステナブルな社会の発展に貢献する先進的グローバルヘルスケアカンパニー」のサステナブルな企業体の条件は、常に私たちの優れた人材が無形資産を構築し続ける企業体であると考えます。「三方よし」という近江商人の哲学が大好きなのですが、このような経営思想を当社グループの全グローバル社員に持ってもらい、私たちは社会の発展の中で生かし生かされるものであるという考え方を進めていきたいと思っています。
松本
無形資産を構築し続ける企業体を実現するための人材の確保・育成に向け、必要な人材の把握と、現状とのギャップを埋める取り組みが非常に重要だと思っています。例えば、事業が低分子中心からバイオ中心へ移行すると、開発、製造、品質保証など、さまざまな場面でバイオ人材が不足するため、国内外でバイオ人材を増やす取り組みを重点的に行っています。また、グローバルで戦うことのできる人材を育成することも不可欠であると考えます。
2024年3月、グローバル化に向けた人事施策を行うベースとなる第一三共グループピープルフィロソフィーを制定し、人が最重要の資産であるというメッセージを全社員に伝えました。世界のどこであってもしっかりと人材を確保し、育て、活躍してもらうベースとしたいと思っています。
社外取締役(独立役員)指名委員会委員長 西井 孝明
現状の課題、人材強化の方向性についてお聞かせください。
西井
人材の確保・育成の前提として、2030年のありたい姿についてもう少し議論が必要であると考えます。ヘルスケアは範囲が非常に広く、どのようなヘルスケアカンパニーを目指すかの明確化が大きなチャレンジです。第6期中期経営計画の検討の中で目指す姿を明確にし、必要とされる人材像をよりクリアにするための議論を重ねる必要があると思います。
グローバルメガファーマとの戦略的提携は、がん領域で成果を出す点以外にも、人材と組織カルチャーにポジティブな影響を多大に与えていると見ています。2030年ビジョンに向かって、グローバルパートナーの良いところを参考にしながら進んでいくことを期待しています。
奥澤
グローバルメガファーマとのパートナリングを通じての学びも多く、良い経験を積んでいると思います。私は、今後、当社グループが真のグローバル企業となり、メガファーマと呼ばれる企業に名実ともに肩を並べられるように成長させていきたいと考えています。そのためにまずEMCを真のグローバル経営のマネジメントチームにしていきます。
EMCメンバーは、各ユニット長がメンバーであるため、ユニット毎の役割責任の範囲内でサイロを作り、そのサイロの代表が集まっていると見えることがあります。自組織を大事に思う気持ちはある程度理解できますし必要なことですが、EMCメンバーとして自組織を横に置き、当社グループの全体最適のための議論と意思決定をするOne Teamを作り上げたいと思っています。
西井
EMCにおける良い事例として、2024年度予算の議論を挙げたいと思います。短期的に発生する初期研究開発費用の増大により、予算ガイドラインとの乖離が課題として挙げられましたが、たった数カ月の間にしっかり調整されました。その時のプロセスはトップダウンでもなく、単純なボトムアップだけでもなく、それぞれのEMCメンバーとその組織下のメンバーが十分な議論を行い、納得した上で進めたものに見えました。
研究開発費用の確保のために、自組織の利益を後回しにする決断はなかなかできることではなく、チームとしての素晴らしい意思決定がされたと思っています。将来、より多くの患者さんを助けるために、という長期的な価値が全社でシェアされているからこそできたことだと思います。
野原
国内外で人材獲得競争が激しくなっていく中で、どのように当社グループのポジションを示し、優秀な人材を獲得し続けるのかという課題があります。人材・知財をも惹きつける海外での認知度向上策・ブランディングも必要なのではないかと考えます。また、女性活躍推進の観点からは、当社グループは日本企業としてはよく取り組んでいると高く評価しているものの、日本と日本以外のエリアを比較するとまだまだ大きな格差があります。
グローバル化の進展は、海外の仕組みや考え方、パワーを日本に引き 入れる変革のチャンスです。これまで国内メンバーが中心となり、女性活躍推進についての議論・対策を打ってきましたが、今後はよりグローバルなメンバーで議論していくことで、国内の環境も変わっていくのではないかと思います。
松本
各ユニットや組織でグローバル化が進んでいるため、国内外でコンフリクトが生じないよう、現在、評価やグレード、報酬の考え方についてグローバルでの統一化を図っています。同時に、それを支える人事システムの整備を進めており、それを構築してようやく次のステップであるタレントマネジメントにつなげられると考えています。
さらに、日本人がグローバルで戦えることも重要ですが、海外のメンバーが長期間当社で働くイメージを持つことのできる、キャリアデベロップメントに資する土台も重要です。また、ご指摘いただいたように日本では特に女性活躍に課題が見られますし、ナショナリティやダイバーシティの考え方のグローバル化にも仕組みづくりが必要であると思っています。
最後に人材戦略や人的資本の強化に向けた期待、ご自身の関わり方についてお聞かせください。
西井
グローバルヘルスケアカンパニーを目指す中で、これからの時代にDXの観点は欠かせません。テクノロジーを活用した変革を進めていく上で、日本的な慣行、年齢に応じた役割規定は足かせになると思います。そこにどのように人事(HR)として答えを出していくかという点に関心があります。国籍・ジェンダーということだけでなく、デジタルネイティブの若い世代の登用、活躍という観点から、人事的なイノベーションが必要だと考えており、着目していきたいです。
野原
Inclusion&Diversityでの本質は、性別や国籍、年功のような形式的な格差を是正するということだけではなく、多様な価値観や専門性を持ったメンバーが多角的な視野で広く議論することができ、そこから何かを作り出していく組織文化を醸成することです。日本企業の多くは大半が新卒採用で、ある意味モノトーンになってしまいがちですが、今後多様なキャリアや専門領域、そしてそれぞれの価値観を持つ人材を獲得し、インクルードできる職場になっていくことが重要だと思います。私自身もそういった考え方やアクションが全職場に浸透するようにサポートしていきます。
松本
経営戦略と事業戦略を支える人材戦略をしっかり作り、推進していきたいと思っています。現在私たちの開発パイプラインが人を惹きつけていますが、私たちのカルチャーや人がマグネットとなって人を惹きつける企業でありたいという夢があります。日本のみならずグローバルで「人の第一三共」「あそこで働きたい」と思ってもらえる職場・会社にしていきたいと思います。
奥澤
非常に中身の濃い対話ができました。当社は、企業理念であるパーパスとミッション、2030年ビジョン、Core Values、Core Behaviorsからなる組織文化を「One DS Culture」と定め、それらをグループ全体に浸透させることで、グローバルな一体感の醸成、強化につなげています。これらを経営者である私自身がしっかりと魂を込めて実践していくことが、一番大事であると思います。それによって、患者さん・株主・社員を含むマルチステークホルダーに対して第一三共グループとして貢献をしていきたいと考えています。
ステークホルダーとの双方向のコミュニケーション・対話の中で、私たちの企業理念、皆さまへの貢献、サイエンス&テクノロジーの強み、人的資本の重視といった基本的な考え方等を経営者としてしっかりとお伝えし、フィードバックをいただいて、経営に活かしていきたいと思います。